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“四方良し”の経営

近江商人の経営哲学は「売り手良し・買い手良し・世間良し」の「三方良し」であると表現されていますが、私たちはこれに“宇宙良し”を加えた“四方良し”を、これからの企業経営は目指していかなければならないと考えています。

 

そもそも「三方良し」という表現は、近江商人の経営理念を表現するために後世に作られたもののようですが、そのルーツは、伊藤忠商事の創始者である伊藤忠兵衛が先達に対する尊敬の思いを込めて発した「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」という言葉にあるそうです。つまり、「事業の素晴らしいところは、企業側も顧客側も便益を得ることができるだけでなく、社会課題の解決にも貢献でき、さらには、神仏をも喜ばせることができるところにある」と説いているわけです。

 

この伊藤忠兵衛の発した最後の「御仏の心にかなう」という表現を「世間良し」と敢えて切り分け、“宇宙良し”と言い換えたものが、私たちがコアメッセージにしている“四方良し”であるとも言えるのです。その意味では、伊藤忠兵衛はその時すでに、正確に言えば、“四方良し”を提唱していたわけです。

 

マイケル・ポーターは2011年に「経済的価値を創造しながら、社会的ニーズに対応することで社会的価値も創造する」というアプローチであるCSV(共通価値の創造)の概念を論文で発表しましたが、その遥か昔に、日本では近江商人がこの理念を体現していたわけですし、伊藤忠兵衛は、さらにその上を行く「御仏の心にかなうもの」であるべきという哲学を提唱していたわけです。

 

こう考えると、元来、日本の企業家たちの方が、アメリカの企業家たちよりも、意識の次元は高いのかもしれません。(単に利益や経済合理性を追求することやビジネスモデルを作ることにおいては、圧倒的にアメリカの企業家(起業家)たちの方が優れていますが…)

 

では、なぜ私たちが、わざわざ“宇宙良し”を加えた“四方良し”がこれからの時代、企業経営にとって重要になってくると主張しているかと言えば、その理由は次の2つです。

 

一つ目は、企業活動が与える影響は、良くも悪くも昔とは比べ物にならないほど大きくなっているということです。近江商人が活躍していた時代の「世間」は、せいぜい近江の国とか、越前といった地域レベル。しかし、これだけグローバリゼーションが進んだ現代においては、少し大きな企業になれば、その活動は地球レベルになります。

 

例えば、大規模のコーヒーチェーン店を経営するということは、すなわち、南米やアフリカのコーヒー産地の人々の生活形態を完全に変えてしまうだけのインパクトを持っています。コーヒー農園を経営する人たちにとっては、これまで得られなかった多くの現金収入を得られるかもしれませんが、果たしてそれは本当に村の人たちの永続的な幸せにつながっているのか。また生態系の破壊にはならないのか。化学コンビナートを建設することで、それまで現金収入を得られなかった現地の人たちの雇用を生むことができるかもしれませんが、果たしてその地の環境汚染には繋がっていないのでしょうか。そして、そういった活動が、地球全体の生態系やエコシステムの破壊に繋がっていないのでしょうか。利益だけを無秩序に追及した企業活動の結果が、現在の環境破壊や異常気象を生み出していると言えるのではないでしょうか?

 

私たち経営者は、そろそろ「本当にこの事業は、すべてのステークホルダーの永続的な幸せにつながっているだろうか?」と自問自答をする必要があるのではないかと思うのです。

 

二つ目の理由は、特に若い人たちの社会貢献への意識が高まっている中で、従来のような狭い視野しか持たない経営のあり方では、若くて優秀な人材を繋ぎ留めておくことができないということです。若くて優秀な人材を採用し、高いエンゲージメントを維持できない企業に未来はありません。そのことに経営者たちは、いち早く気が付かなくてはなりません。「うちは業界他社より高水準の給与体系だから」だけでは、もう彼らは魅力を感じない時代になっているのです。それよりも「この社会にどう貢献している」「この地球にこれだけ貢献できている」「自分を高め、人間としても成長することができる」「多くの人たちから感謝される」…そんなことが、彼らの働き甲斐、仕事をする価値になっていきます。それはまさしく“宇宙から喜ばれる”ということではないでしょうか?

 

私たちはこれからも“四方良し”の経営を愚直に伝え続けていきたいと思います。